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人はなぜ自分の尺度で話してしまうのか?

そして私は妻を追い込んでしまった。

そして涙を流さしてしまった。


人と人

同じ人間だがお互いに育ってきた環境が違う。
そして得意なものが違う。
同じ物事や質問に対しても考え方が違う。

私はあるお願い事を妻にした。
その私の願いを叶えるには人に迷惑がかかる内容だった。

妻の考え方は、
「人に迷惑をかける事をしてはいけない。」
それがまず頭にくる。

だから妻は私の願いを却下した。
「それは、あなたのわがままだと。」
「その願いによって周りの人に迷惑をかけるのは必至」
「だから今回はそれは我慢して欲しい。」と


私は言う
「そう言われると確かにわがままかもしれない。
 でもそれでも私にはしなければいけない事がある。
 だから協力してほしい」と

すると妻は涙を流しはじめました。


妻「私もあなたの願いを受け入れたいと思う。
  しかし、どうしても人に迷惑をかけるのは出来ない。
  そしてそれが私だけががんばればいいものならいいけど
  あなたの願いは、私の出来ないことをしてくれと言う。

  私は心が小さい・・・

  おそらくこれが逆の立場で、私があなたに同じような
  お願いをしたとしたら、あなたは快く受け入れてくれたと
  思う・・・

  でも私には出来ない・・・どうしても出来ない」と


私は、なぜそこまで考えてしまうのか不思議でした。
でも思ったんです。
妻は本当にそれが出来ないんだと、
私には簡単に思えることでも、他人にはそれが難しい場合が
あるのだと

私はその願いを断念しました。

少し残念でしたが、私はこう考える。
よかった!!また学習ができたと
そして自分の欠点が1つわかった。
たまに自分の勝手な判断で人に押し付けてしまうときがある。と

妻に対して
「なんで、ダメなんだ!!」って
怒ったり、恨んだりすることは簡単だ。
でも私はそれを選ばなかった。

なぜなら、私はいつも自分に言っていることがあるからだ
「人を許すこと、そしてもし怒りや憎しみが生まれた時
 立ち止まって自分に問いかけてみること」


すいません、意味があまりわからない内容で・・・
でも何だかスッキリしました。








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2007.04.21 Sat l 日記 l COM(0) l top ▲
妻は治療になると、視野が狭くなる。

頭の中がすべて「治療、治療、治療」
何をしていても頭のどこかで気になっている。
そしてそれが自分の中で圧倒的に大きくなっている。

それに対して私はどうでしょうか。

確かに、傍にいる時にはもちろん治療に関して
話し合いをしたり、考えたりする。

しかし、仕事をしている時はどうでしょう。

正直、忘れてしまっているし考えていない。


仕事中に妻からメールが来る。

「病院に行ってきたよ。治療の日はいついつです。
                  一緒に病院行ける?」

この時に気付く、心の中で
「あっ!ごめんな、考えてなかった。」

この差は大きい。


実際、治療で私がすることはほとんど無い。
私の体の中で新しい命が生まれることは無い。
基本的に背負うものが無いんですね。

しかし、妻は違う。
女性として生まれてきた。
子供を授かれる体で生まれてきた。
新しい命を自分の体で感じられる体として生まれてきた。
そう自分にプレッシャーをかけているようだ。

だから、私に申し訳ないと思う。
自分に腹が立つ。
どこにもぶつけようの無い気持ちがある。

私は妻に出来るだけプレッシャーをかけないようにする。
しかし、妻は私が何も言わないことにプレッシャーを感じる。
見えない何かにプレッシャーを感じる。
自分ですべてを背負った気持ちになる。

心はもういっぱいだ。

私の細かい行動が気になってしかたがない。
そしてそれを指摘してしまう。
そしてそんな事を言ってしまう自分が嫌になる。


それがわからない時は私もイライラして
言い返してしまう。
些細なケンカだ。
結局何が原因でケンカしたかお互いわからなくなる。

次の日になっても二人の間には
モヤモヤした感情が続いている。
そして何日か後にまた同じようなケンカをする。
その繰り返し・・・


私はもっと早くに気付くべきだった。
妻はホントにホントに重たいものを背負っていた。

「これを気付くか気付かないかで大きな違いだ。」
頭の中が180度変わる。

今は妻の言葉に気を使うようにしている。
その言葉の裏には何があるのか?
本当に言いたいのは?
と考える。

私は思う。
治療そのものの協力は気持ちが入らなくてもできる。
でも、それだけでは妻一人が戦っているだけにすぎない。と

今は思う。
妻が「痛い、痛い、痛い」と言う。
「しんどい、つらい、」と言う
些細な事で怒ったりする。

それはすべてサインだと。


私はまず考え方を変えました。

    「協力」

とは違う。これは一方的なものでしかない。

 「二人が同じ目標に向う心をそれぞれ持つ」

そうすれば、お互いに何をしなければいけないか。
どういったことをすれば相手にとっていいのか。
一つ一つの言葉に気持ちをのせる事が自然と出来る。

私はそう思う。
2007.04.19 Thu l 私の頭の中 l COM(0) l top ▲
先日妻とこんな話をしました。

妻「私、不妊でよかった。」

 「なんでって、治療しないで子供ができていたら
  わからなかった事をいっぱい知ることができるし
  私たちもこんなにも仲良くはなっていなかったかも。」と

私「そうか~確かにな~。いろんな事乗り越えてきたしな~。」


私ははじめ妻の強がりなのかと思ったのですが
そうではないようです。
心の底から言っていたようです。


確かに治療始めた頃はしょっちゅうケンカしてました。
もうこのままだと後には戻れないかも?って思った時までありました。
でもそんな事があっても一緒に乗り越えてきたから
今一緒にいるんだな~と思う。


妻「普通に生活して、普通に妊娠して、普通に子供が生まれて
 普通に過ごしていたら、たぶんこんなには仲は良くなかったと思う。
 もし普通に何年も過ごしていてお互いにとってそれまで
 ホントの壁にぶつかっていなかったとしたら・・・
 いつもどこかでお互いに問題をなあなあにしていたら・・・
 たぶんホントの壁にぶつかった時にそれは音をたててくずれる
 ような気がする。」

 
私もそう思う。


治療をはじめて色々な事がわかるようになってきた。
おそらく治療をしていなければわからない事ばかり・・・

治療を経験していない人はこう言う。

「子供が出来たらできたで、たいへんだよ~。」

「もう少し二人の時間が欲しかった~、うらやましいよ」

私は、絶対にこの言葉はこれから先一切使わないでしょう。


ちょっと友人の友人から治療の事を聞いて

「私の知り合いが、長い間治療をしてたんだけど
 治療をやめて1年後に子供出来たって!!
 だからあんまりがんばらなくてもいいんじゃない?」

この言葉も一切使わないでしょう。

仕方がないんです。わからないんでしょう。
それでも私たちが、そうゆう事を言うと傷つく人がいるって
事を知ってくださいね。って説明しても

「え~なんで~、わかれへんわ~。」

おそらく私たちが念願の親になれた時は
彼らよりずっと幸せだし、ホントの意味で子供を大事にするでしょう。


私の妻の携帯電話の待ち受けには3年ほど前のIVFで出来た
私たちの受精卵が映っています。
もちろん私も待受けにはしていませんが、メモリに入っています。

妻はその受精卵を見て、「子供」って言うんです。

どうみても人の形には見えない。

他人に見せたとしても、何かはわからない。

そこに命があるとは、命がそこに誕生しているか
おそらく他人にはわからない。

でも妻はその受精卵を子供だと言う
ホントにホントに愛おしく愛おしく感じる。

妻「私たちの受精卵だよ!!今8分割だって!!
  受精して小さな小さな命が今必死に生きてるんだよ!!
  すごいね!!すごいね!!」

私は思う。
この経験は非常に貴重で、そして非常に重要だと思う。


妻は言う

「私は、流産した人でさえうらやましく思う。

 私は妊娠さえした事がない・・・

 このおなかに命があると感じたことが一度もない。」

 
私は
ただただくやしい。




2007.04.17 Tue l 私の感じたこと l COM(10) l top ▲
私は昔無口な人でした。

そのことが原因でよく妻とケンカしました。

今まで私は、男というもの
余計な事は言わない!!
仕事の話は家に持ち込まない!!
グチを言わない!!
ペラペラ、ペラペラ、しゃべらない!!
と思っていました。

私の父もそうでした。
根っからの亭主関白。

その中で私も育っていましたので
当然、家庭を持てば亭主関白がいいと
体に染み付いていたようです。

しかし、最近は自分の中に疑問が出てきました。

「本当に亭主関白がいいのか?」

「このままでやっていけるのか?」


そして同じように妻は思う。
は妻の尻に轢かれるのが一番うまくいくんだから」と

そして同じように疑問に思う。

「本当にかかあ天下がいいのか?」


まあ結局は、私が亭主関白で考えてはいても
妻の手のひらで踊らされているだけなんでしょうけど
私が頼りないから・・・


少し話は飛びましたが
私は昔無口だった。
しかし今はよく話すようになりました。

昔は、TVをつけながら食事をし
ほとんど妻の言う事をほとんど聞いていなく
短い返事などで会話という会話はしていませんでした。

今は、最近の夕食時や時間がある朝食事、休みの日の昼食時など
TVは付けず、会話が止まらないほどになりました。

妻は言います。

「最近はよく話してくれるようになったね」と

そう。今考えると私は会話の際
いつも言葉を選びすぎていたことに気付いたんです。

質問や思いついたことなどすべてにおいて
選びすぎていたんです。
そして、自分さえこう思っていれば大丈
そして、言わなくてもわかるだろうと

妻によく言われました。

「話してくれないと、わからない」

「どう思っているのか、言ってくれないとわからない」

「あなたが何を考えているのか、わからない」と

しかし私はこの頃頑固で、自分がこうと決めたら
一切変えることはしませんでした。
すべて自分が考え決断したときはそれが
一番正しいと考え貫いてきました。

でも違ったんですね。

妻ははっきりした答えを望んでいるんではない
一緒に考えたいんだと。
私はすべてにおいて万能でなくていいんだと

それからは劇的に私たちの関係は変わりました。
今では夕食の時間などほとんど討論会並みです。

私は昔からあまり話さなかったため
今でも言葉がでてこなかったり
早口ではないですが、
逆に自分の気持ちを精一杯言葉にのせることが
出来るようです。

そして今まで、妻からの質問が多く
私が答えるのが多かったのですが
最近は私から質問をするようにしました。
そして今私が疑問に思っていることや
考えていることを自分から話すようにしてみました。

するとどうでしょう。
面白いほど妻の反応が今までと違ったんです。

そしてお互いに色々話をすると
どんどん妻のことがわかるようになってきました。

「へ~そんな事を考えてたんや~」とか

「へ~そんな事知ってたんや~」とか

もうそれはそれは驚くほど面白い程色々出てきました。

そこで私は思う。
「今まで私は妻の何を見てきたんだろう。」

「今まで私は妻のことをほとんど知らないできた。」

「自分が思っている以上に、妻は先のことまで考えている。」

「どれだけ私に不満を覚えていたのかわかる。」


そして話をすることによって
得られるものがいっぱいあるんだと気付きました。

それは、妻の情報です。

「あ~今そうゆうことを考えているんだ。」

「あ~そうゆう事でなやんでいるんだ~。」

とか色々わかるんですね。

そしてそれがわかって
「本当に妻はどうして欲しいんだろう。」と考える。
昔ならその場合自分の中だけで考える。

しかし今は、色々と妻に質問をして
心の中を少し探ってみる。
そして答えを探すヒントをいくつか見つけてみる。

今思うとこれは

「簡単だ!!」

これに尽きます。

私はこう思う。

言葉を選ぶのも良いことだけれども
選びすぎは良くない
とりあえず話してみる
不器用でもいい、たどたどしくてもいい
うまくいえなくてもいい
今の気持ちを素直に話してみる
そして質問を自分から投げかけてみる。

最近は本当に会話が楽しい。

確かに治療を続けていると
家庭が暗くなったり会話が少なくなったり
なんて声を掛けたらいいかわからない時がある

でも、横でいる私は
思っているだけでは何も伝わらないんだ。
何も伝えなければ結局
妻は一人で戦っているように感じていたようだ。

会話でわかる答えもある。
私はこれからも妻と話していきたい。

2007.04.15 Sun l 私の頭の中 l COM(0) l top ▲
私の妻は瞬間湯沸かし器です。
いや~それはもうすぐですよ。

そして私もあまり気が長いほうではないので
ケンカになるとまあ~収まりがつきません。

しかし、その原因は私にあったと最近気がつきました。

妻の性格はものすごくネガティブに物事を考えてしまう。
私は比較的ポジティブタイプ。

客観的にみると
「なんや~二人そろえばお互いの事補えていいやん。」
って思うかもしれませんが、ここで一つ問題が。

それは、私でした。
今まで私は物事をポジティブに考えそしてネガティブに考える
妻にアドバイスみたいな感じで、物事をもう少し楽に
考えるように言っていました。
それが大きな間違いでした。

実は私はポジティブではなく、ただの先を考えない
アッパラパーだったことに気付いたんです。

「もしこれから○○○○・・・・になったらどうする?」

「将来○○○○・・・・になったらどうする?」

とか妻はこのような会話が多く。
今現在起こってないことを先回りして質問してきます。

その時決まって私はこう答えていました。

「そんなん、その時になってみんとわかれへん。」

この答えに毎回妻は激怒!!

「そうじゃなくて、ちょっとは考えろっ!!!」って

私は今になってわかりました。
妻はいいことを言っていた。
私は子供だった。
先の事は考えると怖かったから考えなかった。
って事を。

私はポジティブじゃなかった・・・
ただ問題から逃げていただけ・・・
今その時をやり過ごせばいいと思ってただけ・・・
先の事なんて考えたくないっ、考えても妻の納得のいく答えなんて
答えられないっ

だから意地をはり
妻の方を悪く言い、自分は間違っているのに
正しいと言い張る。


今私は考え方が変わり先のことを考え
そして自分で思う本当のポジティブを理解し始めました。

するとどうでしょう。
妻とのケンカが一切なくなってしまいました。

あらためて思います。
まあすべてとはいいませんが、
ほとんどのケンカは私が原因だったと・・・


私は、今も昔も男が家庭を引っ張り
女が男をたてる。
この基本は変えてはいけないと思っています。
やはり男は強いものそして頼れるものであるべきだと思うから。

しかし、昔の私はそれに該当したでしょうか?
おそらく妻には頼りなく感じたでしょう。
そして、そんな頼りないんであれば、あなたをたてる意味がないと。
たてて欲しければもっと頼りになるようになってみろ。
ってな感じに思っていたんだと思います。


考え方が変わった今
先の事を考えるようになり、そして考えるだけでなく
解決していくように自分が先頭にたって行動する。

私は妻を幸せにする責任がある。
家庭を守る責任がある。
自分の言動・行動に責任を持つ。
妻はこう言いたかったんだと思います。

そして自分が無意識、意識してそう行動していれば
家族はついてきてくれると
そう気付いた今日この頃です。
2007.04.11 Wed l 私の感じたこと l COM(0) l top ▲
私の妻は「オーラの泉」が好きで
毎週かかさず見ています。
それにつられて私も見るようになりました。

なぜこんな番組がおもしろいのか
見たことが無かった私にはわかりませんでした。

出演者は江原さんに美輪さん国分さん、そしてゲスト。
私は江原さんを知らなかったし、美輪さんは何か微妙だったし
国分さんも少し微妙やし・・・
タイトルからして「オーラの泉」って・・・
何か変な宗教やろって思ってました。

しかし、いざ観て見ると驚きの連続でした。

「江原さん、スゲー!!!」

「美輪さん、スゲー!!!」

「なんじゃこの番組は、スゲーーーー!!!」

この番組を観た事のある人はわかると思いますが



・人は無駄に生まれてきた訳ではない。

・みんな意味を持って生まれてきている。

・自分に降りかかる問題には何かしら意味がある。

                 「オーラの泉」より


私の妻はこう考えるようになったようです。
昔共通の友人に言われた言葉で

「人生には無駄な事は一つもないんだよ。」

その言葉が今になってわかってきたようです。


今私たちは何かを学ぶ時なんだと

子供を授かる前に学ぶことがたくさんあるんだと。

今していることは、すべて意味があり
それを知り、人として成長すること。


妻はそのことが少しずつわかってくると
何だか楽になったそうです。

そう 
自分を受け入れたんだと思います。


それまでは、目の前の治療、治療、治療・・・
はじめは、タイミングからはじまりIVFまで
妻の中ではここまで自分が妊娠できないとは思わなかったそうです。

そして自分を責めて責めて責めて
自分の体を責めました。

しかし、江原さんと出会い
「人は何かを勉強するために生まれてきたんだ」
という言葉で
自分を受け入れ、そして体も責めるのではなく
受け入れる。

それがどんだけ勇気がいるのか
私にはあまりわかりません

しかし妻が治療をはじめて5年ほど経って
やっと受け入れることが出来たことで
どれほど辛かったかわかる気がします。


何かを乗り越えるときはいつも一人でしかない

他人が言うことはあくまで指針でしかない

そばでいる人もあくまでサポートでしかない


私ではあまり役には立てなかったようです。

江原さん、美輪さん、国分さん

オーラの泉

ありがとう。





2007.04.09 Mon l 私の感じたこと l COM(2) l top ▲
今、妻はすごく前向きに生きています。

そして周りの同じ悩みを持つ人たちの気持ちを

和らげてあげる事をしているようです。

やはり人は自分に少しの心の余裕

そして本当に自分が経験してそのつらさがわかる人でないと

「与える」

ということができないんだと思いました。


今日も妻と話しをしましたが

治療をはじめて1~2年目の時は

とにかく赤ちゃんが欲しい、欲しい、欲しい・・・

生理が来る度にトイレで泣いていて

とにかく頭の中は「妊娠、妊娠、妊娠・・・」


そんな時に、他の人の治療など応援する気持ちは

持てなかったそうです。

どうしても、「もし後から治療をはじめた人が

私より先に妊娠したら・・・」とか

競争相手でしか見れなかったようです。


しかし、当時の私はそうゆう事を聞きながら

気付きながらも、何も妻にしてやろうとは思わなかったんです。

疲れて仕事から帰ってくると妻は暗い、イライラしている。

何だか家全体がどんよりした雰囲気。

どんどん私の方も機嫌が悪くなり、

些細な事でケンカを繰り返す。


私の方にも心の余裕がなかったんですね。

私は治療に関して知識もなかったし

実の母は、不妊を経験していなく

周りの友達でも経験している人はいなく

おそらく、もう少し病院に通ってくれていれば

妊娠してくれるだろうと安易な考え。

だから、妻から悩みを聞かされても

本当にわからない。わからない。わからない。

「俺に言われてもわかれへん。」

毎日仕事に追われ、尚且つ妻の悩みまで背負われへん。

って


しかし、それは当時私が子供のように

ちっちゃい心の持ち主だったってことを今は思います。

視界が狭く、物事を幅広く見ることができない、

どうしても妻より立場的に優位にたっていたい

妻は私より何も社会を知らない・・・etc


私は大きな間違いをしていました。

婦にはどっちが上とか下とか無いんだと

それが例え歳が違っても。

正味私は女性の方が精神的に上だと思っています。


今は、昔の自分が恥ずかしく思います。

  仕事が忙しく疲れてるっていうのはいいわけ

  妻の悩みに応えてあげられないのは
   自分が無知で自分から知ろうとしないだけ

  協力しないのは、自分に心の余裕がないだけ


今はこう思います。

例えば、妻が体がだるくてしんどい場合

「どこが、だるい? 足か? 腰か? 肩か?」

それが仕事帰りだろうが、好きなTVを見てる途中だろうが

マッサージをしてあげる事によって

妻が楽になるのなら、それはやってあげたい。

「いや~楽になった。ありがとう。」

って返ってきます。

そして、高温期で朝早く起きるのは辛いやろうに

次の日私の朝ごはんを作ってくれる。


それだけでいいんです。

それだけで私はうれしいんです。

例え次の日朝起きてこなくてもいいんです。

ただ、「つらい」とか「しんどい」とかあった場合

自分が出来ることでその人が楽になるのであれば

してあげたい。 それだけ


妻はしょっちゅう気持ちがいっぱいいっぱいになる事が

多いです。

そこではそれを受け入れる心の広さを持たなくてはいけない。

お互い得意なところが違う。

私は、婦は「与え」「与えられ」で

うまくいくのかな~って思います。







2007.04.05 Thu l 私がしている事 l COM(0) TB(0) l top ▲
私たち婦、特に妻は我慢していることがたくさんあります。

治療をはじめて間もないときは共働きでした。

しかし、治療を進めていくうちに

どんどん仕事がストレスになり始めました。

はじめはタイミング、次にAIH

妻は、どんどん治療をステップアップすることを求めてきました。

しかし、治療に専念するということは

今の仕事を辞めなければいけない現実がありました。

ある程度の理解は会社にもあるようですが

周りに迷惑をかけるのは必至で

やむなく仕事を辞め、治療に専念することにしました。

しかし、治療をステップアップしていくということは

治療費もこれまでより掛かってくる。

治療に専念したからといって必ずしも妊娠するとは限らない。

妻はどんどんストレスが溜まっていきました。


正直言って、妻はわたしより頭がよく

多趣味でやりたいこともたくさん持っています。

しかし、治療のせいで大部分を我慢しなくてはいけません。

我慢、我慢、我慢・・・


妻は言います。

「私は何も持っていない。治療をしても子供を持てない

 治療にお金が掛かって家を買う貯金もできない

 今住んでいるところはペットを飼うことができないので

 癒してくれて私の大好きな犬を持つことが出来ない。

 私には何も無い・・・何も無い・・・」


自分に妻が治療費を気にしないでいいぐらいの

稼ぎがあれば・・・


しかし、この頃の私は妻ほど子供が欲しいとは思っていなかった頃

でしたので、正社員で働いている他に仕事をもう一つしようとは

思いませんでした。

「今の仕事だけでも体しんどいのにもっと働けってか?」

最悪なですね。

妻は好きな仕事も出来ず、出来る仕事は治療にあわせて

融通の利くパートや派遣の仕事。

一日3時間や4時間だけの仕事

妻としてはあまり納得のいかない仕事しかありません。

それでも、治療のためと思い少しでも働ける期間が出来ると

2つパートを掛け持ち、なんとか治療費をつくる努力をしました。

自分の着る服もほとんど買わず、買ったとしても安いものばかり

食費、雑費、ほとんどにおいて切り詰めるところは

すべて切り詰めていました。


ある日妻が爆発しました。

「もーう、イヤっ!!も~こんな生活イヤっ

 普通に生活したいっ

 こんなにがんばってるのに何で報われへんのっ

 もーイヤっ 

 そんなに贅沢な事なの?

 子供が欲しいって思うのはそんなにいけない事?」


私は何も言えませんでした。

しかし、今になって思えることですが

が出来ることはここなんじゃないでしょうか

確かに話しを聞いたり、一緒に病院に行くことも

もちろんですが、プラスがやらなければならない事は

お金に関してのことではないでしょうか

それを解消できれば、婦喧嘩の一つが無くなるし

妻のストレスが一つ減り、が治療に貢献できたと

いえるんではないでしょうか。




 








 
2007.04.03 Tue l 私の感じたこと l COM(2) TB(0) l top ▲
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