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妻は来月のIVFの為今毎日病院に注射通院しています。
毎日両腕に筋肉注射。
打たれて数時間は腕が上がらないぐらいの痛さだそうで
悪気はないんですが、少しでもその箇所に触れようものなら
かなり痛がって怒ります。


私は筋注は経験したことがありません。
だからどんだけ痛いかわかりません。

あらためて思いますが、ホント男がわからないこと
経験しないことが多いな~とつくづく思います。

人間というもの、やはり実際に経験しないと
本当にそのものを理解することはできない。

「大丈?」「たいへんやったな。」
これまで何回このような言葉を言ってきたか
わかりません。

毎回のように、
「あ~この言葉は妻にはどのように受け取られているのだろう。」と
考えます。


正直妻とは代わってやることはできない。
痛みを少しでも共有することはできない。
わかっているからこそ
妻は私の言葉にやさしく
「大丈だよ」と言ってくれる。



私は先週2日ほど仕事で家を空けました。
そして戻ってきて妻の顔を見ると
かなり気がめいっているように見えました。

私はそれを察して思いました。
「あ~そうか。痛みを代わってくれるとか辛さをわかってもらうかでは
ないんだ」と
妻は、治療してきてその時にあったことを家で話すことにより安心するんだと、とにかく隣にいて欲しいんだと。


改めて思う。
私は出来るだけ妻との時間を取ろうと
話を顔を見て聞こうと
役に立てるか立てないかではない、とにかく相手を思い隣にいることが
大事なんだと

そう私は勝手に解釈している
今日この頃です。
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2007.05.28 Mon l 日記 l COM(6) l top ▲
私は、また忘れていたことがあります。

それは、妻のしていることについてです。

私は少し前とは違い。いろいろと治療に関してや
これからの私たちの事を考え行動してきました。

しかし、まだ私が気付けていなかったことがありました。

それは、私たちの家庭では
基本的に妻が家事全般担当し、家計やお金の管理も妻の担当になっています。

そこでこないだ家計の管理についてケンカになりました。

まあ、簡単に言えば。食費や日用品にかかる部分の管理は
まだいいけれども、税金や保険などの支払いなどが
色々わからないことがあり、それに関して私が協力してくれないと
難しいということでした。


そこで気付いたのは、
「あ~そうなんだな。結局私は外で働いて家に帰ってきたら
何もしてないんだな。」と

妻はパートですが外で働いている。
でも家に帰ってきたら食事を作ったり家計簿をつけたりしている。

結局思うのは、は基本的に楽をしているんだな~と
感じました。

私は思う。
は治療費を稼ぐだけでいいのか?
生活費を稼ぐだけでいいのか?
お金を渡せばそれで終わりですか?
お金がどのようにどこに払われているのか知らなくてもいいのか?


男はいつも言い訳を用意している。
「仕事が忙しい。」
「それは女がやるものだ。」
「そんな時間は俺にはない。」・・・



同じ方向を向いて歩く。
それはどちらかに極端な負担があってはいけない。
お互いにしなければならない事がある。
パートナーが何をしているのか把握しそれを
手伝ったり、助けられたりしなければいけない。


私は二人で同じ方向を向いていたいと思う。
出来ることはまたこれからもやっていきたいと思いました。


2007.05.24 Thu l 日記 l COM(2) l top ▲
不妊治療というもの、努力しても報われない事の一つだと思う。
私たちは特に妻はその事を痛感しているようだ。

私たちは今年で治療7年目。
長くなればなるほど、そうゆう気持ちが大きくなるばかりだ。

そして、治療に限らず他の物事に対しても
努力しても何も変わらないし、報われないと考えるように
なってしまう。そして努力することすら忘れてしまう。

「結局・・・結局・・・」言い訳しか出てこない。


しかし、最近の妻はどうも変わってきたようだ。
妻自信が言っていたが、

「努力したら報われる事がある事を忘れていたよ!!」と


というのも、話はこうだ。

妻は昔から運動が苦手で
かなりの運動オンチでもある。

それに比べて私は、小学生から高校生まで
水泳をやっていて、かなりの体育会系だ。

妻は毎日どこかしら体の一部が痛いらしい。
今日は「腰が痛いイイ」「肩がこってる」「頭が痛い」
どこか痛くない日はないかと思うぐらいに
毎日どこか痛いらしい。

私は言う。
「絶対、運動不足やな。体動かせよ」
「最近肉付いてきたんやから、少し運動して落としたら?」

妻はこう言い返す。
「あなたはいつも運動不足、運動不足ばっかり・・・
 それだけの原因じゃないんだから、決め付けないでっ」と


この頃の妻はこう考えていたみたいだ。
「どうせ努力して運動しても、この痛いのが治るわけはないし
 どうせ報われないだろう。」と


私は半分あきらめていました。
「あ~ 何を言っても聞かへんし、痛いっていっても自分のせいだし
 もうほっとこう」と



そして最近になって、妻が私に相談しに来ました。
「今度近所に女性限定のジムが出来るんだって、行ってもいい?」

私は少し驚きました。
あんなに運動嫌いの妻が自分からジムに通いたいと
言ってきたんですから。

私は、特に反対せず。快く了承しました。

そして一日おきにジムに通い始め
ジムに行った日の感想は、
「すごく楽しい!!」との事でした。

私は前々から、妻に運動して欲しいと思っていましたし
絶対に運動は気持ちいいはずだと思っていたので
すごく今妻がいいことをしているな~と
私も喜んでいました。

そしてある程度ジムに通い始めると
ジムだけでなく家でも妻がストレッチや筋トレをはじめたんです。

どうも本気で体動かすのが気持ちよくなったようで・・・
今は私と一緒に夜運動しています。

そして妻は言いました。

「私は長い間治療をしていたせいで忘れていたことがあった
 それは、不妊治療というものは努力しても報われない事が
 多い。だから他の事についても同じ事が言えると思っていた。
 そしてそれが長すぎたため、努力することさえ忘れていた。」

「でも今ジムに通い始めて、もう目でわかるぐらいに
 自分が体やわらかくなったり、肩こりが治ったり
 腰が痛くなくなったりと、どんどん健康になっていく
 自分を感じて、本当に忘れていたことを思い出したよ!!

 物事には努力すれば報われるものがあるんだ。」と


私は思う。
おそらくこれはや男性にはあまり理解できないかもしれないが
今まで隣で一緒に頑張ってきた私にはすごくわかった。

妻にはこれからもその事を忘れずにいて欲しいと思う。


2007.05.17 Thu l 日記 l COM(2) l top ▲
私たちは、来月3回目の体外受精に挑戦します。

今の気持ちとしてはすごく落ち着いています。
そして初めて体外受精に挑戦した頃を思い出します。


あの頃は今思うとすごく二人ともひどい顔をしていたように
思い出します。当時通っていたクリニックは今と違い
家から電車で約2時間かけて通っていました。

妻はIVFに向け、ほぼ毎日のようにクリニックに通っていました。
時には通勤ラッシュの時間帯にあたってしまったりして
ただでさえ治療で精神的に参っているのに、
約2時間の通院、そしてそれがほぼ毎日で
体力的にもたいへんだったようです。


私はその頃仕事が忙しく、妻のたいへんさをわかりながらも
どうしてもケンカを引き起こすようなことを言ってしまう。
私の中でも、ものすごく葛藤があったように思います。

「どうしてここまでしないといけないのか?」

「そんなにしんどかったら、なぜ?治療を休まないのか?」

「なぜ?私たちはこんなに他の事をがまんしなければいけないのか?」

「働けど、働けど、ほとんどを治療費、治療費・・・

  私たちは何も持つことが結局は出来ないのではないか?」

このような事を常に思いながら、日々を過ごしていく。


確かに、心底子供を授かりたいと思っていたが
おそらく私たちの精神的そして体力的にも、まだ
子供を受けいれるだけの心のスペース、そして気持ちが
できていなかったように思う。


私たちの治療の方針として決めていたことがあります。

「体外受精を2回してみて、それでダメなら諦めよう。」
この言葉には色々な思いがある。

その中でも大きかったのはこれだ。

一つに、この頃はまだ妻も
「まあ、これから本格的に治療をしてそして体外までやれば
 授かるであろう。」と思っていたため。

二つに、体外受精をするのに約80万円必要だったため
 1年に何度も挑戦できる経済的余裕はなかった為。


このように当時考えていたため。
初めてのIVFの時、本当にすがる思いで
治療に全力を注いだ。

これがダメだったらもう後1回しかチャンスは無い。
例え二人がケンカをしてコンディションが多少悪かろうが
一度体外に向け動き出した治療は、恐ろしいほどに進んでいく。

あの頃の光景はなんだか薄暗く、明るさはなかった・・・



今は目の前がすごく明るい。
二人とも何というか、本当に同じ方向を向いているような気がする。
もちろん友人や親戚で私たちより後に結婚したのに
先に妊娠されると、妻は涙を流します。

でも、ただ悲しいのではなく妻はこの世界に
新たな命が生まれた事にすごく喜びを感じるように
なったようだ。

だから、その友人にも直接ではないが
「おめでとう」と言えるようになった。


私はそんな妻をただただ守るだけ・・・
2007.05.15 Tue l 日記 l COM(2) l top ▲
私はいろいろな事を経験し考え方が変わりました。
しかし、どうしてもハッキリしないことが一つあります。
それは、やはり「子供」です。


どこをどう考えてもはっきりした答えが出てこない。
なぜなら、自分の力や科学の力を持ってしても
どうにもならない事だから・・・


私は本当に子供が出来るのがいろいろな「奇跡」が
重なって初めて「新しい命」が生まれると言う事を
治療体験を通じて気付くことができました。


この本当に神秘的な事を世の中の人たちはどのぐらい
知っているのだろう?とよく思う。


先日、あるTV番組で不妊治療について専門家や
コメンテーターが話し合いをしているのを偶然観ました。


みなさんも同じ事を思っているでしょうが、
当然のことながら討論しているのは「男」ばかり
そして司会者は中立の立場でなければいけないのに
治療に関して否定的な発言を連発する。


だからTVは嫌いだ!!


この番組で否定的な意見をしている人で
実際に治療を経験した人はいない。


私は思う。
不妊治療」とは、非常にデリケートな部分であり
通常あまり他の人には知られたくないと思う人が大多数を占める。
そして治療を経験しなかった人は、治療をしている人を
傷つける権利はないし、討論する立場でもない。

「なぜなら彼らは何も知らないのだから」


今世の中では10組に1組の婦が不妊に悩んでいる。
しかし、それを重大だと考えているのはほんの少しの人間だけだ。


政治家はあてにならない。
TVも嘘ばかり。
法律も変わる気無し。


私は思う。
頼る人たちが頼りなければ
「自分たちで何とかしなければ」と
2007.05.10 Thu l 未分類 l COM(2) l top ▲
私は今の会社に入社したことが一つの分岐点だったと思う。

前の会社ではほとんど休みもなく、拘束時間も長かった。
休みの日も前の日の疲れがあり昼過ぎまで寝てしまうのもしばしば。

共働きというのもあり、すれ違う毎日。
家に帰ってきて夕食食べて風呂は入って寝るだけ。

仕事ではストレスが溜まり、休みの希望を出しても却下、却下。
日々不平不満が募り、どうしても家庭で些細な事でケンカを
してしまう。

その頃の私の希望は

  家では一人になりたい!!
  一人の時間が欲しい。
  妻の愚痴なんか聞きたくない。
  好きなTVをボーっと見ていたい。
  何も考えたくない。

夕食時に妻は話す。
「今日こんなことあったよ~・・・・。」
「ちょっと聞いてよ・・・・。」

私はとりあえずその場を早く離れようと適当な返事をする。
すると、ある時その時に話していた話題が出てきて
私が覚えていないことに妻は怒る。

これを繰り返すうちにお互い会話が少なくなってくる。
妻は、あなたはどうせ話を覚えていないし、聞いていないし
何度も同じコトを言うのはもう疲れたと、近況を話す事を
しなくなった。

忙しく一緒に過ごす時間が短いから・・・
一緒にご飯食べる時間や休みの日ぐらいは
楽しく過ごしたい。
だから私が今抱えてる悩みや相手を困らせるようなことや
ケンカの原因になるようなことは心の奥にしまっておこう

いろいろな事がどんどん崩れていくような感じだったと今は思う。

当の私は、逆に余計な話を妻がしてこなくて
すごくすっきりした気分だった。
しかし、何かが違うことにうすうす気付きだした頃でもあった。


今だから言える。
時間は大切だ。

内容の濃い短い時間もあるとは思うが、
やはりそれぞれそれ相当の時間の長さが必要だと思う。
たわいの無い会話が婦には大切に思う。

親もしくは友達には、あまりにもくだらなすぎてとか
言うまでも無いことなどを、婦だからこそ言える部分が
あると思う。別に答えが欲しいわけではない。
ただ話しする事がしたいだけ。

そして「聞いて」欲しい。

女性のほとんどとは言わないが
女性は話すことが好きだと思う。

そして男はあまりくだらない事は口にしないものだ。
特に悩み事などは。

私がもし妻に相談する場合はもうすでに自分の中で
答えが出てからだ。
とりあえず自分で色々な事を想定して
自分だけで解決したことを話す。

当然、それを聞かされた妻は妻の意見を言おうとする。
しかし私は、自分で結論を出したことを変更などしないし
特に話も聞かない。

しかし、今は違う。
とりあえず、今考え中のことを話す。
そして相手の意見を聞く。
そして参考になりそうなのをピックアップする。

私は思う。
なんて簡単なことだったんだと。
一つの問題を自分とは違った見方で意見を言ってくれる。
そしてそれが問題解決を手伝ってくれる。
別に妻に相談したからといって何も自分自身無くすものは
何も無い。恥ずかしいも無い。


私は思う。
時間のゆとりが心のゆとりだと。

それは仕事が忙しい、拘束時間が長いから・・・
そうじゃない。
どれだけ「時間管理」ができるかだ。


最近私は忙しくても妻との時間を必ず取っている。
それは今までと変わらない会話の時間かもしれないが
自分の心の持ちようである。

私が「妻と話しがしたい。」
「一緒に時間を過ごしたい。」
そう自分の気持ちを持つことでその時間はすばらしい時間になるのだと
私は思う。
2007.05.07 Mon l 私の考え l COM(0) l top ▲
私はたまに妻と病院に行く。
大体一緒に行くときは仕事の都合上、土曜日や日曜日が多い。

私は治療始めた頃から、別に男がクリニックについていく事には
抵抗がなかった。だから特に感じてはいなかったのですが

妻が言うに、旦那がクリニックに妻と一緒に行く人は
まだ少ないのが現状だと。

確かに、平日の待合室には女性が多い。
しかし、土曜、日曜は付き添いの旦那さんも少ないわけではない。

私たちが初めてIVFをした時は今のクリニックではなく。
家から約2時間かけて通院していました。

しかし、IVFするにあたって通院の回数が半端じゃない。
ほぼ毎日通わなければいけない時期さえあった。

幸運なことに誘発剤は家から車で約1時間のところの
産婦人科の病院で打ってくれることになり
電車で2時間よりかは体力的に楽になったらしい。

しかし問題が・・・

やはり産婦人科だけに、病院に行くと当然のごとく
妊婦さんがたくさん・・・

しかも産婦人科になるととたん
付き添いの旦那さんの数が増える。


「どうしてだろう??????」

「なぜ? 子供が出来て奥さんのお腹が大きくなると
 とたん旦那は奥さんに対してやさしくなり、そして
 いたわるようになるのか?」

私は思う。
妊娠したいと願う妻を見て、そして体力的にも精神的にも
辛い治療をしてでも子供が欲しいと思う妻。
クリニックに通い、そして治療をするイコール
女性としてはかなりの屈辱を受ける。

「私は、ここまでしないと子供ができないんだ・・・」と

しかし、妻は強い・・・でも強いんじゃない!!
何%かわからないが、どうしても子供を産みたい!!
その目標に向って必死に歩きだすだけなんだ!!

そこで、横にいる私はそんな妻を見て
本当に心が締め付けられる思いだ。
必死に妻は子供を授かりたいと思う。
しかし、産婦人科には簡単にできたか苦労してできたか
わからないが、少なくとも妊娠して子供を授かっている時点で
私たちとは違う人たちだ。

そんな中、妻は待合室で順番を待っている。

妻はよく言っていた。
「体力的にはすごく楽だけど、精神的にはすごく辛い・・・」

治療は婦二人でするものだ。
協力ではない。目標に向って二人でそれを掴みにいくんだ。
そんな気持ちでいれば、一人で病院に行かせるのを
平気に思うことはできないはずだ。

私たちはこれからも二人でがんばっていく。

2007.05.05 Sat l 未分類 l COM(2) l top ▲
私は今、まだ子供がいません。

でも私たち婦は子供が欲しい目標に向って
努力を厭うことなく頑張っています。

今まで私たちは「子供が出来るまで」とか
「どのようにして子供もができるのか?」などを
学んできました。

私たち自身、学んだことには絶対の自信を持っていますし
かけがえのないものだと思っています。

そこで私は次に考えるようにしました。
それは、「子供の育て方」です。


私たちははっきり言って
結婚してすぐに子供を授かれた方、
できちゃった婚の方々よりも
遥かに子供に愛情をそそげるだろうし
妻をパートナーを愛せると思います。

しかしだからと言って子供を育てるのには
それだけではいけないって事を思ったんです。

私には最近好きな言葉があります。

それは最近私の幼馴染から「子供が出来た」って
報告を受けたときにその友人に送った言葉です。

その友人は、自営業者で毎日毎日ほとんど休みなく働いていて
私から見ておそらく奥さんや家族との時間をあまり取れていない
ように見えました。

まあ・・・婦二人だけでまだ結婚2年目でしたら
それで何とかやっていけるのかとは思いましたが
子供が出来るってなると話は変わってくると私は思いました。

やはり、子供を育てるには親が仲良くなくてはいけないと思う。
例えまだ子供が小さくても、理解する能力はすでに持っている。

「子供は親の生き方を見て育つ」

その通りだと思う。

は妻を一番に大事に思い、
妻はを一番に大事に思う。

私は友人にこの言葉を送りました。

「人は必要性を知るギリギリまで、変わろうとしない。」



私の気持ちをすべてこの言葉に載せました。
後は友人がどう感じてくれるか?ですが。


まあそういうこともあり
やはり私たちは治療に対して自分が変わったように
今度は自分たちの目標が達成されたときの事に対しても
変わらなければいけないと思っています。

2007.05.03 Thu l 日記 l COM(0) l top ▲
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