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私たちは、来月3回目の体外受精に挑戦します。

今の気持ちとしてはすごく落ち着いています。
そして初めて体外受精に挑戦した頃を思い出します。


あの頃は今思うとすごく二人ともひどい顔をしていたように
思い出します。当時通っていたクリニックは今と違い
家から電車で約2時間かけて通っていました。

妻はIVFに向け、ほぼ毎日のようにクリニックに通っていました。
時には通勤ラッシュの時間帯にあたってしまったりして
ただでさえ治療で精神的に参っているのに、
約2時間の通院、そしてそれがほぼ毎日で
体力的にもたいへんだったようです。


私はその頃仕事が忙しく、妻のたいへんさをわかりながらも
どうしてもケンカを引き起こすようなことを言ってしまう。
私の中でも、ものすごく葛藤があったように思います。

「どうしてここまでしないといけないのか?」

「そんなにしんどかったら、なぜ?治療を休まないのか?」

「なぜ?私たちはこんなに他の事をがまんしなければいけないのか?」

「働けど、働けど、ほとんどを治療費、治療費・・・

  私たちは何も持つことが結局は出来ないのではないか?」

このような事を常に思いながら、日々を過ごしていく。


確かに、心底子供を授かりたいと思っていたが
おそらく私たちの精神的そして体力的にも、まだ
子供を受けいれるだけの心のスペース、そして気持ちが
できていなかったように思う。


私たちの治療の方針として決めていたことがあります。

「体外受精を2回してみて、それでダメなら諦めよう。」
この言葉には色々な思いがある。

その中でも大きかったのはこれだ。

一つに、この頃はまだ妻も
「まあ、これから本格的に治療をしてそして体外までやれば
 授かるであろう。」と思っていたため。

二つに、体外受精をするのに約80万円必要だったため
 1年に何度も挑戦できる経済的余裕はなかった為。


このように当時考えていたため。
初めてのIVFの時、本当にすがる思いで
治療に全力を注いだ。

これがダメだったらもう後1回しかチャンスは無い。
例え二人がケンカをしてコンディションが多少悪かろうが
一度体外に向け動き出した治療は、恐ろしいほどに進んでいく。

あの頃の光景はなんだか薄暗く、明るさはなかった・・・



今は目の前がすごく明るい。
二人とも何というか、本当に同じ方向を向いているような気がする。
もちろん友人や親戚で私たちより後に結婚したのに
先に妊娠されると、妻は涙を流します。

でも、ただ悲しいのではなく妻はこの世界に
新たな命が生まれた事にすごく喜びを感じるように
なったようだ。

だから、その友人にも直接ではないが
「おめでとう」と言えるようになった。


私はそんな妻をただただ守るだけ・・・
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2007.05.15 Tue l 日記 l COM(2) l top ▲
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